
去る1月1日、名司会者 久米宏さんがお亡くなりになりました。その死を悼む声は未だ跡を絶ちませんが、彼は間違いなく我が国におけるテレビ文化の最盛期を牽引した偉大な功労者のひとりでした。残念ながら仕事でご一緒する機会には恵まれませんでしたが、『ぴったしカン・カン』 (1975年〜) を始め『ザ・ベストテン』 (78年〜)、そして『ニュースステーション』 (85年〜) における軽妙洒脱で精緻にディレクションされたトークは、私たち世代にとって時代と向き合うジングル、または警鐘ともなっていました。
特に『ニュースステーション』の放送開始は、私がジャーナリズムの世界に身を投じた時期とも重なるため、少なからぬ影響を受けました。米国の大学を卒業後、帰国して同番組を初めて観た率直な感想は「これはラリー・キングじゃないか」でした。
ラリー・キングは、1980年 (昭和55年) に開局した米24時間ニュースチャンネルCNNの目玉トーク番組『ラリー・キング・ライブ』のホストを務めていた司会者です。同番組の放送開始は85年6月、『ニュースステーション』が同年10月であったことから、おそらく久米さんはビル・クリントン米元大統領やマーガレット・サッチャー英元首相といった大物ゲストにも臆することなくストレートな質問を浴びせかける彼のスタイルに感銘を受け、”日本のラリー・キング”を目指されたものと思われます。
というのも、それまでニュース番組のキャスターと云えばきっちりとネクタイを締め、用意された放送原稿を淡々と読み上げるのが常識で、彼のように当意即妙なアドリブを交えて日々の出来事を切る放送人は唯の一人もいませんでした。加えて久米さんは、自ら現場に出向いて取材する記者ではなく、彼らが足を使って集めた素材をまとめ、判りやすく視聴者に届けるアンカーマンといった立ち位置、職務を誰よりも理解されていました。
また彼は、自叙伝『久米宏です。』 (朝日文庫) の中で「メディア、特にテレビや新聞報道の使命とは、時の権力を批判すること以外にはないと僕は信じている。マスメディアが体制と同じ位置に立てば、その国が亡びの道を歩むことは、第二次世界大戦時の大本営発表を例に出すまでもなく歴史が証明している。現政権がどんな政権であろうが、それにおもねるメディアは消えていくべきだ」と綴っておられたように、一貫して時の為政者の”ウオッチドッグ”であり続けました。

『ニュースステーション』 (テレビ朝日系列) のサブキャスター小宮悦子さん (当時、テレビ朝日アナウンサー)、コメンテーターの小林一喜さん (当時、朝日新聞論説委員) と久米宏さん。
“久米宏現象”を境に、ニュース番組は競って社員アナウンサーではない著名人をキャスターに登用するようになります。私の担当であった某キー局の報道局ディレクターが「報道でもCMが取れるんですね」、つまりニュース番組でも収益を上げられると話していたのが、ちょうどオウム真理教が世間を騒がせていた1990年代前半のことでした。
バブル経済成長期に端を発した万人向けの「わかりやすさ」の追求は、専門領域ではない事象や事件についてもしたり顔で論評するコメンテーターなる日本独自の”テレビタレント”を常態化させ、遂には某キー局のバラエティ番組担当部長が (テレビ番組は) 「馬鹿にどう見せるか」だといった暴言を吐くまでになります。
今や、報道番組もお笑い芸人やアイドルタレントがキャスターを務める時代です。久米さんは「テレビの最大のポイントは『論』より『証拠』。『証拠』を映せば『論』はいらない」と語ってはおられましたが、こうした視聴者軽視は望まれていなかったはずです。寧ろ視聴者 = 国民は賢明であり怖い存在である。それだけに時間的制約に縛られる地上波は、事の本質を端的かつ率直に伝える義務がある、と考えておられたのではないか。案の定、自らを”特権階級”と勘違いしたマスメディアは、”馬鹿な視聴者たち”にそっぽを向かれ今や凋落の一途を辿っています。
『ニュースステーション』の最終回。突然、手酌でコップに注いだビールをぐいっとばかりに飲み干し、「日本の民間放送は原則として戦後すべて生まれました。日本の民間放送、民放は戦争を知りません。国民を戦争に向かってミスリードしたという過去が民放放送にはありません。これからも、そういうことがないことを祈っています」と、さらりと云ってのけた久米さんの放送人としての矜持は、テレビ関係者のみならず、報道に携わるすべての人々に向けられた強烈なメッセージであり、エールでもありました。
久米さんがご存命であれば今回の第51回 衆議院議員総選挙の結果はどのように”料理”されたことでしょう。高市早苗内閣総理大臣と云えば総務大臣時代、衆議院予算委員会で「放送局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返し、行政指導しても全く改善されない場合、それに対して何の対応もしないと約束するわけにはいかない」と述べた上、政府が放送局に対し放送法4条違反を理由に電波法76条に基づいて電波停止を命じる可能性に言及した人物です (2016年2月8日)。
2019年 (令和元年) 7月19日にNHK『あさイチ』にゲスト出演された久米さんは舌鋒鋭く「僕はやっぱりNHKは独立した放送機関になるべきだと思います。人事と予算で、国家に首元を握られている放送局があっちゃいけないんですよ。そういう国は先進国とは言えないです。絶対報道機関は独立していないといけない。で、NHKが民放になったら、他の民放はひどい目にあって、地獄を見ることになりますけど、NHKが国会だとか政府に首根っこ掴まれているような放送局でなくなるんだったら、そっちの方がよほどいい社会になります」と語っておられました。さぞかし腕によりを掛けた”失言”で、高市政権の鼻っ柱を折ってみせたことでしょう。
マスメディアは、大衆 (マス) に寄り添ってこそ、立つ瀬があるというものです。最早、”社会の木鐸”としてのプライドは望むべくもありませんが、せめて久米さんの爪の垢でも煎じて飲み、”炭鉱のカナリア”には立ち戻って頂きたいものです。合掌。






























