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先月28日に戦端が開かれた米軍とイスラエル国防軍によるイラン・イスラム共和国に対する軍事攻撃については多方面から様々な分析が試みられていますが、ドナルド・トランプ米大統領が「どれだけ時間がかかろうと、必要なことは必ず成し遂げる」と豪語するその”達成目標”とは何か。大局的かつ現実的な視点からトランプ政権の思惑、真意を読み解いた言説は未だ多くはありません。

1978年 (昭和53年) に始まったイラン革命以降、両国間には幾多の確執がありました。オマーン国のバドル・アルブサイディ外務大臣の仲介で、トランプ大統領の懐刀であるスティーブ・ウィトコフ中東担当特使との間で直前まで続けられていた核計画を巡る間接協議もそのひとつです。ならば今回の先制攻撃の目的は、トランプ大統領が公言するように「世界一のテロ支援国家が核兵器を手にすることを許さない」ことだったのでしょうか? 別コラムで改めて綴りますが、この”核不拡散”が重要な構成要素であったことは言を俟ちません。

しかしながら3回目の協議後、バドル外相はイラン・イスラム共和国の交渉団が濃縮ウランの貯蔵を放棄し (保有する濃縮ウランは大幅に希釈)、国際原子力機関 (IAEA) の「完全な検証」を受け入れる意向を示したと明らかにしていました。そもそも最高指導者であり先日殺害されたアリー・ハメネイ師は、2003年 (平成15年) に核兵器を含む大量破壊兵器の取得や保持を禁ずる宗教令 (ファトワ) を出しています。ファトワ(فتوى ) とは、イスラム法学に則り高位のウラマー (イスラム法学者) が発令する勧告で、法的拘束力はありませんが同国ではより強い宗教的布告であることから、現体制下においてこれに反する政策を取ることはまずあり得ません (当然のことながら米中央情報局 〔CIA〕 を始めとするインテリジェンス・コミュニティー 〔IC〕 はこれらの状況を把握した上でディールを行っています)。

 

  中華人民共和国の主な原油輸入元 (2024年)

 

ならば米国の狙いはどこにあるのかと云えば、”新・冷戦”に突入している中華人民共和国に向けられた強烈なメッセージと見做すことが出来ます。キー・ファクターは戦略資源である“石油”です。

GDP (国内総生産) が19.4兆ドルと、我が国の約4.5倍の経済大国となった中華人民共和国は世界最大の原油輸入国であり (2025年: 5億7772万トン)、その42%を中東6カ国に依存しています。よってイラン・イスラム共和国からの迂回輸入を加えればホルムズ海峡経由で中華人民共和国に輸出される原油の割合は56%にも達するとも推定されています (液化天然ガス 〔LNG〕 も同様)。

一方、ベルギー王国に拠点を置く大手情報サービス企業ケプラーの調べによると、欧米による経済制裁が続くイラン・イスラム共和国の原油輸出量の 80%以上が対中華人民共和国向け (2025年段階で平均138万バレル/日)。また、中華人民共和国が輸入する原油の3分の1がホルムズ海峡を通過するため、今回の事実上の海峡封鎖が同国のエネルギー需給に深刻な影響を及ぼすことは火を見るよりも明らかです (2日以降に同・海峡を通過したタンカーや貨物船、コンテナ船は僅か9隻のみ)。

推定石油埋蔵量が約3030億バレルで世界最大規模といわれるベネズエラ・ボリバル共和国に対する米軍による今年1月の軍事攻撃も私が指摘した通り、マレーシア経由で中華人民共和国に輸出されていた石油供給を停止し (産出石油の85%)、対中圧力をかけることが主目的でした (中国石油天然気集団 〔CNPC〕 が権利を保有する同国の埋蔵原油は約28億バレル)。

私は常々、「戦争」と「平和」は経済によって作られると説いて来ましたが、今回の米軍よる軍事攻撃も外堀を埋める、中華人民共和国を世界市場から閉め出す経済安全保障戦略の一環と見て取ることが出来ます。トランプ大統領は、イラン・イスラム共和国に対する今回の攻撃は「4週間、あるいはそれ以下で終わるだろう」と発言していますが、この戦闘期間は奇しくも今月31日から予定されているトランプ大統領の北京訪問と重なります。これでまたひとつ、関税政策を含む二国間貿易交渉において米国は、強力なカードを手中に収めたことになります。

 

  我が国の主な原油輸入元 (2024年)

 

ちなみに我が国は、イラン・イスラム共和国による核合意 (JCPOA: 包括的共同行動計画) からの一方的な離脱による米国の経済封鎖と足並みを揃えて、2008年 (平成20年) までは第3位であった同国からの原油輸入を2020年 (令和2年) 以降停止しています。日本の中東からの輸入品目は鉱物性燃料が全体の93.3%で、そのうち「原油および粗油」が輸入額全体の78.5%を占めています (9兆5004億円)。 

周知の通り、我が国は原油のほぼすべてを輸入に頼っており、主な輸入元はアラブ首長国連邦 (全輸入量の43.6%) やサウジアラビア (同・40.1%)、クウェート (同・6.4%) などで、これら中東地域だけで95.9%に上っています。高市早苗内閣総理大臣は、国家備蓄や民間備蓄などを合わせると昨年12月末時点で、合計254日分の石油備蓄があると胸を張って見せましたが、その体で云えばすでに備蓄分は200日を切っている計算になります。

中には代替輸送手段としてパイプラインがあるではないか、といった幼稚な説を述べ立てる識者もいますが、ホルムズ海峡を通過する原油量が1500万バレル/日であるのに対して、ペルシャ湾からサウジアラビアを横断して紅海に繋がる東西パイプラインの輸送能力は約500万バレル/日に過ぎません。これをインドを始めとする各国が取り合うため (同国はすでにロシア連邦からの原油輸入を取り付けたとの一部報道もあります)、これまでの半分でさえ確保するのは難しいと云わざるを得ません (原油価格は過去1ヶ月間で20%以上も上昇していますが、当然のことながら戦闘が長引けば原油価格のみならず輸送料や保険料も更に高騰します)。

高市総理の弱点は、外交ならびに安全保障関連の経験・知識の乏しさにあると繰り返し述べて来ましたが、こうした国際情勢に対する認識、判断の甘さが、中華人民共和国に向けられた強硬姿勢に加えて今回のイラン紛争でも国内経済にも悪影響を与えつつあります。すったもんだの末に漸く廃止されたガソリンの暫定税率も、その恩恵を国民が実感する前に敢えなく吹っ飛んでしまいました。電気やガス料金のみならずあらゆる消費者物価が上昇し、慢性的な円安が輸入価格を押し上げるコストプッシュ・インフレが続いているため、同氏が掲げる近視眼的な”責任ある積極財政”が炎上する日も、さほど遠くはないでしょう。戦闘に加担していないにも関わらず、請求書だけが廻って来る状況にあって高市総理は19日、トランプ大統領に何ともの申すのでしょうか。