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ジョー・バイデン米大統領は今月18日、イスラエル国を電撃的に訪問。ベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談し、同国との連帯を強調すると共に、全面支援を約束しました。ところが、予定されていたヨルダン・ハシェミット王国のアブドゥッラー2世国王やパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長との会談は、直前になって先方からキャンセルされるといった誠に不本意かつ不名誉な結果となりました。

自ら現地に赴きながら、中東問題解決の糸口さえ見つけることが出来なかったバイデン米大統領は、すでにレイムダック状態に陥っているように見えます。残すところ1年余りとなった米大統領選挙における勝ち目は、これで完全に消滅したと云って良いでしょう。

 

イスラエル国支援の表明だけに留まらず、イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの地上侵攻を翻意させ、本格的な人道支援物資搬入の合意を取り付けることが今回の主目的だったはずです。しかしながらイスラエル政府には今のところ、イスラム原理主義組織ハマスが申し出た人質解放による即時停戦を受け入れる気配はありません。欧米各国首脳の”イスラエル詣”が一巡したところで、地上侵攻に踏み切る公算が高まっています。

万が一にも圧倒的な軍事力を有するイスラエル軍がガザ北部に侵攻すれば、これまでとは比較にならないほどの数の一般市民の命が失われることとなります。また、こうした無差別攻撃は、国際人道法に抵触することは云うまでもありません (ちなみに、「国際人道法」という名称の条約そのものは存在せず、1949年の「ジュネーブ四条約」や1977年の二つの追加議定書、2005年の第3追加議定書を軸とした様々な条約と慣習法の総称です)。中東諸国のみならず、”人権”を重んじる諸外国をも敵に廻すことはイスラエル国にとって最悪のシナリオであり、米国としても仲介役を買って出ていた中東和平交渉における敗北を意味します。

ウクライナ紛争然り、歴史的に好戦的な米民主党政権の外交戦略の稚拙さが今回も白日の下に晒されました。盟友イスラエル国との良好な関係を維持しつつ人道主義を貫くことは容易ではありません。であるにも関わらず、イスラエル国とハマス双方に戦闘の”中断”を求める国連安全保障理事会の決議案には拒否権を発動し、返す刀でイスラエル国に対して約100億ドル規模の軍事支援を実施するともなれば、イスラエル国一辺倒と見られても致し方ないでしょう。

 

米CBS NEWSの緊急アンケート調査から、米軍がイスラエル軍に武器供与することに対して米国民の意見が二分されていることがわかります。共和党支持者では”賛成”が上回ってはいますが、今後の展開次第で逆転する可能性を秘めています。

 

最悪の事態を回避すべく、間隙を突いたスキームは幾つも考えられたはずです。例えば米海軍は現在、原子力航空母艦『ジェラルド・R・フォード』 (USS Gerald R. Ford, CVN-78) と大西洋艦隊第10空母打撃群に属する原子力航空母艦『ドワイト・アイゼンハワー』 (USS Dwight D. EisenhowerCVAN-69/CVN-69) を中核とする護衛艦によって編成された空母打撃群 (CSG) を東地中海に派遣しています。また、高高度迎撃ミサイルシステム「THAAD」(サード) や地対空ミサイル「パトリオット」大隊を増派し、第26海兵遠征部隊も中東各地へ向かっていると報じられていますが、その目的はハマスを始めイスラエル国を攻撃目標としているレバノン共和国に本拠を置くイスラム教シーア派組織ヒズボラなどが紛争に関与しないよう警告を与えるためだとロイド・オースティン米国防長官は説明しています。

 

いわゆる”抑止力”ですが、実はCSGにはその他にも使い道があります。覚えている読者もいらっしゃることでしょう。2011年 (平成23年) 3月11日に発生した東日本大震災に際して、米海軍・海兵隊・空軍はすぐさま統合軍を編成し、大量の支援物資を積載した原子力航空母艦『ロナルド・レーガン』 (USS Ronald ReaganCVN-76) を主力とするCSGを本州東海岸域に展開。震災翌々日には早くも自衛隊と連携し、救援・捜索活動にあたっています (トモダチ作戦)。

今回、東地中海に派遣されたCSGに関し米国が「各国の人道支援物資はエジプト・アラブ共和国との境界に位置するラファ検問所を通して陸路、ガザへ搬入すべし。但し、米国は海上からガザへ搬入す」と宣していれば、どうなっていたでしょうか。イスラエル軍にしてみれば地上侵攻どころか、空爆も一時停止せざるを得なくなったはずです。ある意味、人道支援を名目に”半強制的な停戦状態”を創り出すこうした両面作戦によって生じたモラトリアムの間に多数の一般市民をガザ南部へ、そして域外へと避難させることも出来たでしょう。このように、米国がイスラエル国のメンツを潰すことなく、中東諸国の反米感情を沈静化させる方策もあったわけです。

 

ところが今月19日、米ミサイル駆逐艦『カーニー』 (USS Carney, DDG-64) が紅海北部で9時間にわたり、イエメン共和国のシーア派武装組織フーシ派が発射した巡航ミサイル4発とドローン15機を撃墜したことで、事態は深刻さを増すこととなりました。ウクライナ紛争でも決して実行に移されることがなかった米軍の直接関与は、周辺諸国から”参戦”と見做される危険性を孕んでいます。

ウクライナに対する”支援疲れ”が顕著となりつつある米国内において今後、もしもイスラム原理主義組織によるテロ攻撃が発生するようなことがあれば、世論は一気に民主党批判、そして孤立主義へと傾くでしょう。一方で、米国が”世界の警察官”から身を引けば、世界の混沌はさらに深まることは間違いありません。我々は、今こそ国際情勢を近視眼的視野ではなく、俯瞰で捉える必要があります。冷静かつ現実的な判断なくして、恒久平和は構築し得ません。

 

一方、ウクライナへの軍事援助については、共和党支持者の60%が減額すべきと答えています (『The Economist』のアンケート調査より)。