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「100万人以上のイスラエル国民が砲撃の危険に晒されている」

 

今月3日、アントニー・ブリンケン米国務長官はイスラエル国を急遽再訪し、ベンヤミン・ネタニヤフ首相やイツハク・ヘルツォグ大統領らと会談。人道目的による「戦闘の一時停止」を働きかけました。しかしながらネタニヤフ首相は、人質となっているイスラエル人が解放されない限り、「あらゆる戦闘の中断を拒否する」と即座に応じ、米国による説得は水泡に帰してしまいました。

両国間でどのような”密約”が交わされたかは明らかではありませんが、今回のパレスチナ自治区ガザにおける紛争を見ても、すでにレームダックに陥っている米国政府の国際的影響力が著しく低下していることがわかります。

 

まさに”子どもの使い”。いくら米国がイスラエル国の後ろ盾だとは云え、「2回目の独立戦争」とまで宣している同盟国と”飴も鞭もない”手ぶらの状態で交渉にあたったところで、何ら成果が得られないことは予めわかっていたはずです。米国はイスラエル国の覚悟、そして反イスラエル勢力の戦闘能力を過小評価していたと云わざるを得ません。

今回、イスラエル諜報特務庁 (モサド) や参謀本部諜報局 (アマーン)、総保安庁 (シャバック) が、イスラム原理主義組織ハマスの急襲を察知出来なかったことは同国内においても批判の的となっていますが、同様に米国の中央情報局 (CIA) を始めとするインテリジェンス (諜報機関) の情報収集・分析能力にも疑問符が付きました。

また、ジョー・バイデン米大統領に助言すべき政策スタッフの戦略立案能力が余りにも低いことにも驚かされます。第4次中東戦争時には (1973年)、エジプト・アラブ共和国のアンワル・アッ=サダト大統領 (当時) に対して「勝者の分け前を要求してはならない」と、毅然とした態度で申し渡したヘンリー・キッシンジャー米国務長官 (当時) が調停にあたり、曲がりなりにも開戦から18日後には停戦に漕ぎ着けることが出来ました。豪腕で知られた彼と比較するのは酷とは云え、ブリンケン米国務長官の無策振りには目を覆いたくなります。

先月23日付のブログ『The U.S. Commitment in The Middle East Has Been Totally Failed.』(http://www.japanews.co.jp/concrete5/index.php/Masazumi-Yugari-Official-Blog/2023-10/The-U-S-Commitment-in-The-Middle-East-Has-Been-Totally-Failed) でも綴ったように、米国にはこれまで幾つかの手札がありました。中華人民共和国の新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル族に対する弾圧を「ジェノサイド」(民族大量虐殺)であり「人道に対する罪」と厳しく批判しているにも関わらず、イスラエル国防軍 (IDF) の国際人道法に抵触する懼れが極めて高いガザへの無差別攻撃には何ら有効な手立てを打てずにいる。

 

   移動式空中防衛システム”アイアン・ドーム”

 

「戦」は「財」を抜きにしては語れません。米国が、一時的であれ停戦を達成すべくイスラエル国に”圧力”をかけられるとすれば最早、方法はひとつしかありません。

まずは、東地中海に展開している米空母打撃群 (CSG) を少なくとも西地中海にまで移動させる。CSGの”援護射撃”がなければ IDF は、レバノン共和国南部を実効支配しているシーア派のイスラム武装組織ヒズボラとの戦闘に単独であたらなければならなくなり、北部国境線上に多大な兵力を投入せざるを得なくなります。さらには手薄となったイスラエル南部に、イエメン共和国のシーア派武装組織フーシ派が再び巡航ミサイルを撃ち込んで来る可能性も否定出来ません。

もうひとつは、IDF に対する暫定的な武器供与停止でしょう。IDFは世界最強と謂われる移動式空中防衛システム”アイアン・ドーム”によって (2011年配備)、ハマスが撃ち込んで来た短距離ロケット弾5,000発以上を95%を超える命中率で撃墜しています (フーシ派が発射した地対地ミサイルもアロー・ミサイル防衛システムで迎撃)。しかしながらこれは、IDFとしても同数の迎撃ミサイル「タミル」を消費したことを意味します。

この「タミル」はイスラエル国のラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズが、世界最大の航空宇宙・防衛企業米RTX社製の部品を用いて製造しており、地対空ミサイル「パトリオット」 (MIM-104 Patriotのような米陸軍調達価格が約388万ドル/発 (約5億8,000万円) もする高価な迎撃ミサイルではなく約5万ドル/発 (開発当時で約600万円) 程度の予算で作られていると謂われています。それでもこの1ヶ月間で少なくとも100億円余りが露に消えた計算となります。

イスラエル国が引き続き防空システムを維持するためには、当然のことながら「タミル」を補充し続けなければなりません。もしも米国が部品提供を一時的であれ停止すると警告すれば”アイアン・ドーム”は途端に機能しなくなり、イスラエル政府は936万人もの国民の命を危険に晒すこととなる。どうしても停戦交渉のテーブルに着かざるを得なくなります。

 

孫子曰く「兵は拙速を聞くも 未だ巧久しきをざるなり」 (夫兵久而国利者、未之有也)。要は、長期戦に持ち込んで成功した例はない、ということです。さらには、銃の重さにさえ耐えられない何千人もの無垢な子どもたちが無残に殺されていい道理などどこにもありません。如何にして戦闘を短期で終わらせるか。死傷者を最低限に抑えるか。各国政府の知力と決断力が今、試されています。

また、我が国でも防衛費の増額を受けて防衛論議が盛んになっていますが、まずは「軍事」を知ること。いくら反戦、非戦を叫んでみても、地に足が着いていない論議は机上の空論に過ぎません。本気で「平和」を希求するのであれば、「戦争」から目を背けることなくその実相を知り、綿密かつ現実的な「戦術」を構築する必要があることは云うまでもありません。