
1946年 (昭和21年) 7月25日、ビキニ環礁で行われた核実験「クロスロード作戦」のベーカー実験では、21キロトン級原子爆弾が水深27メートルで爆発 (モノクロ写真を着色)
某・新興政党の某・新人議員がテレビ番組内で、飽くまでも個人の考えと断りつつも、国際社会における防衛力のあり方について「核武装が最も安上がりであり、最も、安全を強化する策のひとつ」と発言し、SNS界隈を中心に物議を醸しています。
核軍縮派は当然の如く「天下の暴論」と糾弾し、防衛力強化を唱える保守層からも「安上がりかも知れないが受け入れ難い」と疑問を呈する声が上がっています。ところがいずれの主張も観念論に終始し、いかに日本人が”軍事”に無知であるかを改めて露呈する結果となりました。
先ず以て、核兵器の開発・実装は、皆さんが考えているほど容易ではありません。戦時における唯一の被爆国でありながらも、多くの日本人の核兵器開発に関する知識・理解は、中学校の理科教師が自室で原爆を完成させるといった設定の映画『太陽を盗んだ男』 (監督 長谷川和彦 1979年) とさしたる違いはありません。軍国主義に対する拭い難いアレルギー、核に対する嫌悪感から過去80年にわたり軍事研究ならびに軍縮・不拡散教育を疎かにして来た報いとも云えるでしょう。
そもそも天然から採掘されるウランの殆どを占めるウラン238を入手したところで核兵器を忽ち作れるわけではありません。僅か0.7%しか含まれていない核分裂の連鎖反応を起こすウラン235の濃度を高めるためには、ガス拡散法やレーザー原子法、遠心分離法といった質量差を利用した技術を用いて同位体分離を行わなければならない。
我が国においては1992年 (平成4年) から日本原燃株式会社が青森県・六ヶ所村においてウラン濃縮工場を稼働させているため、なるほどウラン235の製造については経験値があります (原子力発電 〔軽水炉〕 の燃料として使用するため3〜5%に濃縮)。しかしながらウラン235の濃度を核兵器に使用出来る90%まで高めるプロセスを、米国を始め周辺諸国が容認する見込みはほぼゼロと云って良いでしょう。93%以上の核分裂性の同位体プルトニウム239が必要な兵器級プルトニウムも同じくです。
6月22日に米軍の B2爆撃機が地下貫通弾 (バンカ−バスター) GBU57を用いてイラン・イスラム共和国のウラン濃縮施設を破壊したことからも明らかです。ちなみに米国は、一度たりとも同国に刃を向けた国や組織は決して信用しない。「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」 (日米安保) は、実のところ我が国の軍事的暴走を封じ込める足枷でもあり、原爆を投下した相手国 (敗戦国) に核兵器製造を許すなど以ての外でしょう。

米大陸間弾道ミサイル (ICBM) LGM-30 ミニットマン。核弾頭はW78、W87が搭載可能
核兵器はお飾りではありません。実際に保有し実戦配備するともなればその実効性・効果を計測・実証すべく膨大な予算を投じて繰り返し核実験を行う必要があります。原子力発電から発生する放射性廃棄物の処分場所でさえ引き取り手がいないこの狭い国土のどこに核実験場を設置すると云うのでしょう。
排他的経済水域 (EEZ) 内でしょうか。”残念ながら”我が国は「地下を除く大気圏内、宇宙空間および水中における核爆発を伴う実験を禁止する部分的核実験禁止条約」 (PTBT) を1964年 (昭和39年) 6月15日に公布および告示しているため、海中であっても実施は許されません。もちろん同・条約の第4条に「各締約国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認めるときは、その主権の行使として、この条約から脱退する権利を有する」とあるように、脱退することは可能です。しかしながらPTBTからの離脱は取りも直さず国際社会からの孤立を意味するため、何のための核武装なのか。本末転倒となります。
第三に核兵器は、特殊工作員が核弾頭を腹に抱えて敵陣に飛び込むわけではありません。敵国のターゲットへ向けて迅速かつ確実にピンポイントで打ち込み、爆発させるだけのキャリアー、核兵器運搬システムが必要不可欠です。大陸間弾道ミサイル (ICBM) や潜水艦発射弾道ミサイル (SLBM)、トマホークなど核弾頭搭載可能な巡航ミサイルがなければ核弾頭をいくら保有しようが無用の長物となります。また、それに伴い戦略ミサイル原子力潜水艦 (SSBN) やステルス戦略爆撃機ノースロップ・グラマン B-2といった戦力も整備しなければならなくなる。
私は5年前に綴ったコラム『軍隊とは何だろう? 何かしら? その①』(https://japanews.co.jp/concrete5/index.php/Masazumi-Yugari-Official-Blog/2020/2020-9/軍隊とは何だろう-何かしら-その) で、我が国が「他国と比しても遜色のない最新鋭の”攻撃力”を備えた組織へと再編成するとなれば、少なく見積もっても100兆円規模の財源が必要となります (基地の改修費用等を加えればさらに数字は跳ね上がります)。これにメンテナンス費用として毎年数10兆円が上乗せされるため、我が国の国家予算を遙かに上回る金額となる」と指摘しました。これに上記工程を加えた”核武装”が加われば、防衛費は天文学的数字となります。
日本政府は、米国が防衛費を国内総生産 (GDP) 比3.5%にまで引き上げるように要求していることに苦慮していますが (今年度時点ではGDP比約1.8%の9兆9000億円)、情弱な某・新人議員が「最も安上がり」とのたまう核武装を行うとなれば、GDP比30%であっても到底追いつかないでしょう。
これは富国強兵に邁進していた戦前の戦争経済と同等であるため、軍事独裁政権が樹立されなければ絵に描いた餅。その前提として国軍がなければお話にもなりません (ちなみに太平洋戦争末期の1944年度の軍事費総額は約735億円で、国家財政に占める軍事費の比率は85.3%にまで達していました)。核武装の是非を問う前に賛成派のみならず反対派も、まずは核兵器とは何か? を一から勉強されることをお薦めします。














































