
オランダ王国のハーグで開催された北大西洋条約機構 (NATO) の首脳会議に出席したドナルド・トランプ米大統領は今月25日、マルク・ルッテ事務総長との会談中、「広島と長崎を例に使いたくはないが、本質的には同じことであった。あの攻撃 (原爆投下) が戦争を終結させた。もしも米軍が (イラクの核関連施設を) 攻撃していなければ、彼らはまだ戦っていただろう」 (I don't wanna use an example of Hiroshima or Nagasaki but that was essentially the same thing: that ended that war. If we didn't take that out they would be fighting right now.) と発言しました。
米国防省の国防情報局 (DIA) がまとめたとされるバンカーバスター (GBU57A/B 大型貫通爆弾 MOP) の初期評価によれば、ウラン濃縮施設は破壊されておらず遠心分離機も無傷だったという米CNNと『ニューヨーク・タイムズ』紙のスクープに反論する件で飛び出した”暴言”でした (ピーター・B・ヘグセス米国防長官は26日にも、[米軍の攻撃は] 「イランの核計画に大きなダメージを与え、何年も遅らせた」と報道内容を重ねて否定し、国際原子力機関 [IAEA]のラファエル・グロッシー事務局長も、「遠心分離機の繊細さを踏まえると被害は免れない」と指摘しています)。
このいわゆる”戦争早期終結説”は、1945年 (昭和20年) 8月9日にハリー・S・トルーマン大統領がラジオ演説の中で言及した「我々は原子爆弾を、戦争の災禍を早く終わらせ、幾千人もの若きアメリカ人の生命を救うために使用した」に端を発しており、これが今に至るまで米政府の原爆投下に対する確固たる歴史認識となっています。
定説とされる”戦争早期終結説”の根拠は、ダグラス・マッカーサー元帥率いる陸戦部隊とチェスター・W・ニミッツ米太平洋艦隊司令長官指揮下の海上部隊による九州上陸作戦『オリンピック』と関東平野上陸作戦『コロネット』から成る『ダウンフォール作戦』によって、米軍が蒙るであろうと想定された死傷者数が5万〜27万人と試算されていたことに起因しています。また、マッカーサー元帥が翌46年1月25日に、ドワイト・D・アイゼンハワー陸軍参謀総長 (後の第34代米大統領) 宛に送った極秘電報の中で、「仮に天皇を訴追すれば日本の情勢に混乱をきたし、占領軍の増員や民間スタッフの大量派遣が長期間必要となるだろう」と進言したことも拍車をかけました。
この死傷者想定数は、冷戦期に入ると独り歩きし始め50万、100万と異様なまでに膨れ上がって行きます。「戦死者100万人」説は、元・米陸軍長官であったヘンリー・L・スティムソンが47年に、米『ハーパーズ』誌 (2月号) に寄稿した「原爆の投下決定 (“The Decision to Use the Atomic Bomb”) と題された論文が根拠となっています。当時、ハーバード大学の学長で『マンハッタン計画』の総括責任者でもあったジェイムズ・B・コナントがスティムソンに書かせたとも云われるこの論文で彼は、「原爆を投下しないで上陸作戦を展開した場合、戦争は46年の末まで続くと推定され、その際の犠牲者は米兵だけでも100万人と見積もられた」と記し、世論誘導に加担しています。
まったくもって理不尽極まりない論法です。いみじくも日本帝国政府が指弾したように、戦時下においても「交戦国ハ害敵手段の選択上無限ノ権利ヲ有スルコトナシ」と規定されており、「無益ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器弾丸其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト」は俗にいう『ハーグ陸戦条約』によって固く禁じられています。原爆投下は明らかに、非戦闘員である一般市民をも無差別に標的とした戦略爆撃であり、戦時下であろうが決して許される行為ではありません。

ラジオ演説で広島への原爆投下を伝えたハリー・S・トルーマン米大統領
今回のトランプ大統領の”失言”は広島、長崎の被爆者の方々の気持ちを逆撫でする心ない発言であっただけではなく、極めて不適切かつ不正確な比喩でもあることから、例え彼が核兵器削減を目指していようとも、私はこれを断じて容認するわけには行きません。
その一方で、この発言はトランプ大統領の単なる個人的見解ではなく、米政府の歴史認識に則った公式オピニオンであるといった事実は冷静に受け止める必要があります。問題の本質は、80年を経ても尚、こうした根拠に乏しい”仮説”が大手を振って歩いていることにあります。事実、米国人の少なくとも半数は未だに”戦争早期終結説”を信じており (データは少し古くなりますが、米調査機関ピュー・リサーチ・センターが2015年4月に発表した世論調査によると、原爆投下が正当であったと回答した米国人は依然として56%に上っており、否定的意見は僅か34%でした)、ここ数ヶ月の間に私がコミュニケーションを取り合っている欧米のマスメディア関係者でさえ、同説を正しいと考えている人間が少なくないことに驚かされます (欧米の主要メディアはトランプ大統領のこの発言を速報で伝えましたが、異議を唱える媒体は殆どありませんでした)。
こうした事態を招いた責任の一端は私たちにもあります。怒ること、祈ることは大切ですが、私たちはその想いを世界へ向けて的確かつ戦略的に伝えて来たでしょうか。歴史的事実を緻密に繙き、論理的に”戦争早期終結説”の瑕疵を指摘し、米国と丁寧に議論を重ねつつ、広範かつ効果的なPR活動を行って来たでしょうか。
我が国は太平洋戦争の敗戦国です。しかしながら米国の属国ではありません。一介の独立国として異議申し立てを行い、誤りを正す権利を有しています。私たちは米大統領が未だに”戦争早期終結説”を引き合いに出す現実と真摯に対峙しなければならない。文豪 三島由紀夫が「他人のアラ探しをしてる間は、自分の姿を見なくて済む」と喝破したように、今回のような”事件”が起こる度に感情に任せて罵倒する、核に対する無自覚を批判する。十年一日それだけを繰り返していたのでは未来永劫、”戦争早期終結説”を覆すことは出来ないでしょう。米国のみならず被爆国・日本、そして被爆地・広島、長崎の姿勢が今、改めて問われています。














































